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Sapporo Chapter Wild Bird Society of Japan

邯鄲の夢枕

村井雅之

虫の音は季節の移ろいと共に微妙に変化し、様々な思いを喚起させる。ハネナガキリギリスの鳴き声で夏の終わりを予感し、エゾエンマコオロギの鳴き声で秋の訪れを知り、そしてカンタン鳴き声で虫たちの季節が終わりに近づいたことを感じる。9月上旬、秋風の吹くウトナイ湖へ出かけ水辺を散策していると、カンタン(邯鄲)の鳴き声が聞こえてきた。

9P鳥参写真カンタン

カンタンは体長15mmほどの淡い黄色をしたバッタの仲間で、日本全国に分布している。北方系の昆虫のため、本州以南では冷涼な高地でなければ鳴き声を聞くことはできない。しかし道内では草原があれば簡単に鳴き声を聴くことができる。ウトナイ湖でカンタンの鳴き声が聞かれ始めるのは、8月下旬頃からで、「ルルルルルルル・・・」と聞こえる鳴き声は旅愁を感じさせる。秋に鳴く虫の声の周波数は4kヘルツ以上と高いので聞き取りにくいことが多いが、カンタンの鳴き声の周波数は2kから3kヘルツと低く、聞き取りやすい。

カンタン(邯鄲)という名前は、戦国時代の中国に栄えた趙(ちょう)の都、邯鄲(かんたん)を訪れた青年の体験を元にした故事「邯鄲の夢枕」に由来しているというのが一般的だ。しかし、中国ではカンタンのことを「邯鄲」ではなく「天蛉」と呼ぶ。そのため故事の内容とカンタンの旅愁を感じる鳴き声から、日本で名付けられたという説もある。ちなみに「邯鄲の夢枕」という故事は、夢を抱いて旅に出た廬生(ろせい)という青年が邯鄲の宿に立ち寄り、飯が炊けるまでの間、同宿にした道士から借りた枕でうたた寝をしている時に見た夢にまつわる話し。廬生が見た夢とは、長い旅と苦難を経て、最後には大成功をおさめるという内容だったが、夢から覚めてみると、ご飯が炊けていないほど短い時間だったという内容で、栄華の夢の儚さを説いている。

湖岸でカンタンの鳴き声を聞いていると「邯鄲の夢枕」を思い出した。長い間ウトナイ湖を思う人々が描いてきた夢の行き着く先はどこだろうか・・・。夢枕のように終わらぬことを願う。

支部報「カッコウ」2015年10月号より

暮らしの中でのバードウォッチング

斎藤裕美子(会員)

鳥見歴は二十数年になります。探鳥会では初めて見る鳥に夢中になったものです。今では身近な鳥の営みにも見入って楽しんでいます。

キレンジャク

キレンジャク

我が家は北区。近くに新川と小さな牧場があるくらいの、平坦な住宅地です。小さな庭に面した歩道にはナナカマドの街路樹が一本。家事の合間にリビングの二階の窓から空模様を眺める毎日。そんな時に鳥の姿を目にします。春に向かいの家の梅の木にコムクドリの番い。秋にはエゾ二ワトコの実を食べに親子で現れます。夏の雨上がりの空にはアマツバメが飛び交うことも。雨が止み、虫が飛び始めたからでしょう。ある時はヒヨドリがクモの巣に向かってホバリング。私の苦手なクモを食べようとするのです。ありがたい。ツララから落ちる水滴をホバリングしながら飲む様子も見られます。冬にはナナカマドにツグミが来ているなあと双眼鏡で覗くとギンザンマシコ。実を啄んでは庭の松で休み、一時間ほど楽しめました。そして、降り続く雪の中ではムクドリの群れ。その中に見慣れぬ柄のムクドリがいます。ホシムクドリでした。ムクドリの群れの中で冬を越そうと頑張っているのでしょう。冬の終わりの餌の少ない頃には、レンジャクの群れ。電線に並び、庭のツゲの黒い実を食べに舞い降りました。ある夜、積雪が心配で屋上へ上がると、大きめで白っぽく、胴体にいきなり顔が付いたような鳥が向かって来、頭上を通過。コミミズクでしょうか。深夜の出会いにお互いに驚きました。牧場から新川へ餌探しに行くのでしょう。

そんな鳥見で一年中姿を見せてくれるスズメ。春先にペアができ巣材を運び、夏には幼鳥を連れて庭へ来ます。羽をブルブルさせ口を開け餌をせがみ、親の後を追う幼鳥たち。親は蛾を捕まえようとするが失敗することも。庭にはお碗型の浅い小さな穴が数個。砂浴びで出来上がった窪みです。穴が大きくなると使わなくなり、また別の場所で砂浴び。穴は増えていきます。砂場を取り合い争う様子も見られます。置物に雨水が溜まると飲み、水浴びもします。体についたダニ等を落とすためでしょうが、水浴びと砂浴びをどう使い分けているのか。そんな野鳥の暮らしを飽きずに観察しています。街中でも小さな林や水辺があれば野鳥は立ち寄ってくれます。環境保全には自然の楽しさを知ってもらうのがいいでしょう。それが初心者探鳥会ですね。

野鳥を身近に観察できる街でありますように。

支部報「カッコウ」2015年8,9月号より

「ウトナイ湖ファンクラブ」をご存じですか?

日本野鳥の会 ウトナイ湖サンクチュアリレンジャー  中村 聡

「ファンクラブ」と言っても、アイドルグループのそれとは異なり、記念のノベルティがもらえるとか、特別なサービスがあるとか、そのような特典はありません。こちらのファンクラブは、貴重で豊かな勇払原野の野鳥や自然へ思いを寄せる皆さんに、ここで保全活動にあたっている「ウトナイ湖サンクチュアリ」を応援いただく賛助会です。

札幌市中心部から南南東へ約50km。車でも、電車とバスを乗り継いでも約1時間という距離にウトナイ湖はあります。ここでこれまでに確認された野鳥は約270種。札幌支部の探鳥会も定期的に開催されており、バードウォッチャーの聖地として、会員の皆さんには良く知られたところです。開発の進む石狩低地帯にあり、苫小牧市街地に隣接した場所に、このような自然が今も残ることは、奇跡的とも言えるのではないでしょうか。

日本野鳥の会は1970年代後半、欧米の野鳥保護区(英国のリザーブなど)をモデルに、自然保護や環境教育の拠点となる「サンクチュアリ」を日本につくろうという運動を開始し、1981年、第1号の「ウトナイ湖サンクチュアリ」を苫小牧市に創設しました。この地が最初に選ばれたのは、ガン・カモ類やハクチョウ類、湿地や草原で繁殖する小鳥などの重要な生息地、まさに「聖域」であることが理由でした。その目的は、野生生物の生息環境の保護管理、人と自然とがふれあう場の確保にあり、今日に至るまで自然保護と環境教育を活動の柱とした運営を行なっています。

中心施設の「ネイチャーセンター」は、会員の皆さんをはじめ、全国から寄せられた約1億円の募金で開設されました。以来、多くのご支援やボランティアの協力も得ながら活動を進め、これまでにウトナイ湖のラムサール条約湿地登録(1991年)や千歳川放水路計画の中止(1999年)などの成果を収めています。近年は、周辺に広がる勇払原野を守る活動に取り組んでおり、アカモズやチュウヒといった絶滅のおそれのある鳥類の生息状況を調査し、その結果を元に広く保全を訴えているところです。苫小牧東部開発地域内にある希少鳥類の生息地が遊水地の区域に含まれるという昨秋の決定は、大きな活動成果となりました。(「野鳥」誌2015年4月号もご参照ください)

日本野鳥の会の直営施設として、保全活動を自立して行なっていくためには、運営資金の安定化が課題です。「ウトナイ湖ファンクラブ」には現在、約80名の会員がいらっしゃいますが、1年で退会される方もおり、なかなか輪が広がりません。
そこで皆さん!奇跡的に残る勇払原野の自然を将来にわたり守っていくため、会員になってご支援いただけませんか。個人の方は、1年1口1万円の会費です。入会時には会員証を発行し、ネイチャーセンター内にネームプレートを掲げます。また、通信紙「ウトナイだより」を年4回お届けして自然の動きや活動についてご報告するほか、「ファンクラブの集い」を開催し、レンジャーとの、および会員相互の交流を深めています。

第2回「ファンクラブの集い」で弁天沼へ

第2回「ファンクラブの集い」で弁天沼へ

集いには、遠く京都や大阪からの参加もあり、和やかな夕食会を催したり、活動の最前線にご案内したりするなどして、ご支援いただいた成果を直接お伝えします。ネイチャーセンターには入会パンフレットをご用意していますので、ぜひ、お問い合わせください。どうぞよろしくお願いいたします。


お問い合わせ先:ウトナイ湖サンクチュアリ/ネイチャーセンター
  • メール: utonai@wbsj.org
  • 電話:0144-58-2505
    (月・火曜日以外の9:00~17:00 調査等で不在の場合あり)
支部報「カッコウ」2015年7月号より

15年間、180回の川掃除

白子川源流・水辺の会  東谷  篤

「白子川」という川は、東京23区の西の端・練馬区の大泉というところを水源とし、隅田川(新河岸川)に合流し東京湾にそそぐ、全長10キロほどの川です。私たちは、15年前に、この源流部・大泉の有志で会を結成しました。現在、会員数約120名。月に一回、定例活動を行います。その内容は、川の源流部600メートルほどの川掃除(ゴミ拾い)、繁茂しすぎた植物の刈り取り、流れの整備、生物調査、水質検査、放射線測定、など。
このほか年間の活動として、近くの小学校の4年生の総合学習への協力(学校への出前授業や、生徒が川に入り観察するのを手伝うなど)、秋には「源流まつり」の開催。まつりでは、小学生の調べ学習の発表や川談議、それにさまざまなブース(例えば、カエルの手触りと発見地点を地図に打ち込む、実際に水質検査を体験、地下水大事痛感型、会オリジナル焼印体験持ち帰り、自然科学系古本市、流域の縄文遺跡出土品展、川そばのケヤキの枝で作るアクセサリー、笹舟体験、川に棲む絶滅危惧種ホトケドジョウの赤下腹を反射鏡で観察、会オリジナルグッズ販売、東北支援焼きそば販売、など)が並びます。
以前、川に入って掃除をしている時に「何してんだ、このやろう!」と怒られること
などもありましたが、会の活動はすっかり近所の方々にも認知され、今ではよく「ご苦労さん」という声をもらいます。

この川を流れる水は湧き水100%。だから、雨が少ない時期には涸れ上がることもあります。でも、川に棲むアメリカザリガニやホトケドジョウは、再び雨が降って水がたまると、どこからともなく戻ってきます。また、珍しい水生植物として、カワモズク、ミズヒマワリなどもあります。
では最後に、この白子川で見かける野鳥を列記します。スズメ、キジバト、ドバト、
ハシブトカラス、ヒヨドリ、ムクドリ、ツバメ。これらはあまり珍しくありませんね。シジュウカラ、エナガ、オナガ、インコ、ハクセキレイ、セグロセキレイ、ツグミ、モズ、メジロ、コゲラ、カワラヒワ、コサギ、アオサギ、ゴイサギ(ホシゴイ)、カワセミ(カワセミを初めてこの川で見たときには、会員みな喜びあいました)、カワウ、ジョウビタキ、ツミ、アオジ…、今のところこんなところでしょうか。

なお、15周年を記念して7月に、宮崎駿製作・高畑勲監督『柳川堀割物語』の上映と大泉に住む高畑さんの講演を予定しています。

支部報「カッコウ」2015年6月号より

花さんが勤めた「新川自然観察の森」のモデルです

横浜自然観察の森チーフレンジャー 古南幸弘(公財)日本野鳥の会職員

2012年にヒットした映画「おおかみこどもの雨と雪」。物語中盤で主人公花さんは母となり、田舎に転居して「新川自然観察の森」という施設で働きます。私の勤務する横浜自然観察の森は、この花さんの職場のモデルになった施設です。

自然観察センターは映画にも出てきます

自然観察センターは映画にも出てきます

雄大な山岳地帯に接した映画の自然観察の森と違い、実在の横浜の施設は、人口370万人超の大都市横浜の南端にあります。しかし、ここは三浦半島にかけて3000ヘクタール以上の森林が連なる神奈川県東部随一の緑地の一部をなし、昔ながらの生物相を残しています。45ヘクタールの敷地は起伏に富む丘陵地で、コナラやミズキなどの落葉樹の二次林を主体として、照葉樹林、スギ林、竹林や、小面積の湿地や草地も交えた里山です。ここに、九百種以上の植物が生育し、今までに約2500種の昆虫が記録されています。

横浜市は1970年代後半、この地域の自然を守り活かすためにネイチャセンターを備えた自然探究路を造る構想を立て、環境庁と神奈川県の補助を得て、1986年、今の施設を開設しました。以来、市の委託により公益財団日本野鳥の会がレンジャーを常駐させています。

横浜のエナガは極太のアイライン引いています (写真提供 掛下尚一郎レンジャー)

横浜のエナガは極太のアイライン引いています
(写真提供 掛下尚一郎レンジャー)

鳥類の記録は目下152種(在来種のみ)。ウトナイ湖サンクチュアリの大自然に比べれば中自然といったところで、特別な鳥はいませんが、迷鳥ウタツグミを日本で初めて観察、また渡り途中のノゴマやオジロワシを観察したこともあります。オオカミはいませんが、ノウサギやタヌキの姿を見ることもあります。今の季節、ヤマアカガエルのおたまじゃくしは、子どもたちに大人気です。

自然観察センターには年間4万人以上が訪れます。うちボランティアの延べ数は約3000人。多くの市民に支えられて探鳥会や自然観察会、生きものの調査や森林の管理を行っているのは、大都市ならではの特徴と言えるかもしれません。

◆交通 品川から京浜急行金沢八景駅下車。神奈川中央交通バス大船行に乗り換え横浜霊園前下車。所要約1時間。

近くにお越しの機会があれば、ぜひお立ち寄りください。

支部報「カッコウ」2015年 5月号より

スズメ

熊谷勝 写真家

スズメの写真

野鳥を撮影し初めて今年で30数年が経った。何年経ってもなかなか思い通りのイメージで撮影することができない鳥がいる。スズメだ。危険な断崖絶壁に生息し、警戒心が強いハヤブサの自信作は何百枚とあるのだが、何時も目にしているスズメだけは一枚も無い。実は見なれた鳥ほど作品化することが難しい。

スズメは最も人間に身近な野鳥であるため、昔から水墨画や日本画などに多く描かれてきた。特に江戸時代の絵師丸山応挙の弟子だった長沢芦雪(ろせつ)のスズメの水墨画数点はすばらしい。スズメたちの表情、構図、空間処理、全体のリズムと緊張感、おそらくスズメの絵の最高傑作であろう。しかし、写真ではこれまですばらしいと思えるスズメの作品を私は一度も目にしたことがない。おそらく日本で見られる鳥たちの中でスズメが最も撮影が難しい鳥なのかもしれない。もちろん、ただ写すことだけならば容易いことなのだが、自分のイメージした絵作りとなると、これがなかなか簡単ではない。昨今つくづく身近な鳥たちを作品化することの難しさを感じている。

ところで「スズメのお宿」と言えば昔から竹やぶと決まっている。私にはこの「スズメのお宿」に子どもの頃の苦い思い出がある。岩手の山間部の小さな町で育った私は物心付いたころからの鳥好きであった。小学6年ある日、近所のおじさんが鳥好きの私のことを知ってこんなことを教えてくれた。裏山の竹やぶがスズメたちのねぐらで、真夜中に行って大きな竹を揺すると、スズメたちは鳥目で周りが全く見えないため、足元にぼたぼたと落ちてきて、簡単に捕まえられるというのである。当時純真な私はそのことを信じた。さすがに一人では怖いので、友達を誘い二人で翌日の晩に竹やぶへと出かけたのである。裏山の竹やぶに着くと確かにスズメたち「チュン、チュン」という騒がしい声が聞こえてきた。これはしめしめと思いながら、私と友達はそっと声がする辺りの竹の根元に近づき、思いっきり大きな竹を揺すってみた。すると、スズメたちは一斉に暗闇の空へと飛び去ってしまった。何度やっても同じで、ぼたぼたと落ちてくるのは毛虫だけであった。騙された。一般に昼間活動している鳥たちは、暗闇では目は全く見えず、飛ぶ事が出来ないと思われているが、実際は人間の目よりもはるかによく見えており、水鳥やヒタキ類などのようには夜間に渡りを行なうものも多い。子どもの頃このこと知っていれば騙されなかったのだが。

支部報「カッコウ」2015年4月号より

「恵庭市のカワセミ」と会の活動紹介

恵庭カワセミの会 前田一哉

カワセミは、皆さんよく御承知で、町中でもよくみられる鳥ですが、恵庭のカワセミの3大特徴は

  1. 越冬カワセミ
  2. 手乗りカワセミ
  3. 人口巣箱カワセミ

越冬カワセミ

A

手乗りカワセミ

B

人口巣箱カワセミ

C


と紹介させてもらっています(写真はクリックで拡大します)。

  1. は道内、数か所で見られるとは思いますが、本州の人たちには珍しく、北海道の人たちでも写真展などで紹介すると「雪景色とカワセミ」の姿に、いつも感動していただきます。
  2. は、いつもきまった枝で餌をとるため、じっとしている「カワセミ」をスコープで見ると「いつまでも、手に乗ってくれていて」じっくりと観察できます。
  3. は、本来自然の土壁に営巣するカワセミですが、「コンクリート壁の排水口」「人口営巣ブロック」「手作り巣箱」などで(市内で数か所)、営巣をしているのです。(手作り巣箱は、試験設置中)

このように、カワセミの生態は、非常にユニークであらゆる環境にも順応するような、「力強く・美しい鳥」ではありますが、一方では、環境には敏感で、「よくない川」からは、すぐにいなくなってしまいます。

恵庭カワセミの会は、平成14年から「市の鳥カワセミとその生息環境の保護・創造」をめざして

  1. 調査・研究活動(河川の生き物調べ、観察データ整備・カワセミマップ作成→河川行政に反映)
  2. 環境保全・普及活動(定例観察会・写真展・各種イベント→人と自然と共生)
  3. 支援活動(地域の諸活動へ積極参加)を活動の三本柱として「川づくり・町づくり・人づくり」に貢献すべく活動しています。メンバーは恵庭市民のみならず、恵庭市周辺(札幌・北広島・江別・千歳)から、遠くは京都、横浜にも会員がおり、いろいろな形で会の活動に参加・協力いただいています。

最後に、冬の恒例イベント「インドアバードウオッチング(震災復興支援イベント)」を紹介します。3月8日(日):9時~17時 新しくできた「恵庭黄金ふれあいセンター」で、

  1. カワセミ写真展(全国のカワセミ)
  2. バードウオッチング体験(窓辺から・映像・模型・声で)
  3. 復興支援コーナー(寄せ書き・被災地域の様子など)
  4. 交流会(市民と被災者・被災地域の方々と交流)

など、会員・スタッフが温かいお部屋で、温かい飲み物、お菓子を準備して「おもてなし」します。

※ 参加費無料!随時入退場可能!です。皆さんお誘いあわせのうえ、ぜひともご来場ください。

支部報「カッコウ」2015年 3月号より

濤沸湖水鳥・湿地センターのご紹介

濤沸湖水鳥・湿地センター センター長 細川英司

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濤沸湖水鳥・湿地センターは、平成24年5月にオープンしました。濤沸湖が平成17年11月にラムサール条約の登録湿地となったことを受け、環境省が地元自治体である網走市と小清水町からの要請に基づき、環境学習・保全活動の拠点施設として整備したものです。施設の管理運営は所在地自治体である網走市が行っています。

館内は湖に面した野鳥観察のための展望スペース、「環境と生命の関わりを知る」をテーマとして濤沸湖の特性や生物多様性について、また、地域の方々のかかわりなどを学習するための展示スペース、周辺地域の情報提供コーナー、映像鑑賞のためのレクチャー室などがあります。

特にレクチャー室でご覧いただける映像「生命のゆりかご」は、一般社団法人映像文化製作者連盟の映文連アワード2013ソーシャルコミュニケーション部門優秀賞を受賞したもので、濤沸湖の成り立ちや湖と地域の産業のかかわりから四季折々の景観や動植物などが短時間(13分)にコンパクトに凝縮され、環境学習のコンテンツとしてだけではなく、鑑賞用としても充分にお楽しみいただけます。

年間を通して約250種類の野鳥が確認されている濤沸湖ですが、11月中に飛来のピークを迎えたと思われるオオハクチョウの一部は、そのまま濤沸湖に留まり越冬しています。センター寄りの湖面は海と繋がっているため一定の流れがあり、厳冬期でも完全に凍結せず、濤沸湖で越冬する野鳥は比較的センターに近い場所に留まる傾向がありますので、真冬でもセンター内展望スペースから観察ができます。
センターはオープンから3年目を迎えていますが、ラムサール条約の理念に基づき、濤沸湖の素晴らしい自然環境の保全と賢明な利用(ワイズユース)を進めるため、環境学習施設としての特徴を生かし、子ども向けの各種講座、一般向けの観察会等を日本野鳥の会オホーツク支部や濤沸湖ファンクラブ(センター登録ボランティアの団体)会員の皆さんなどからご協力をいただきながら開催しています。今後も地域の方々と共に、魅力あふれる施設としてのセンターを形作っていきたいと考えています。

札幌支部の皆さんの中には、以前からの野鳥の観察ポイントとして何度も足を運ばれた方もいらっしゃることと思いますが、濤沸湖周辺での野鳥観察にお越しの際は、是非濤沸湖水鳥・湿地センターにお立ち寄りください。

〒099-3112網走市字北浜203番3地先(白鳥公園となり)
濤沸湖水鳥・湿地センター TEL/FAX(0152)46-2400
休館日:月曜日(月曜祝日の場合は翌平日休館)

支部報「カッコウ」2015年 1,2月号より

身近なフィールドとしての河畔林

知床在住 新庄康平

私は2年前までは富山県に住んでいましたが、今は北海道の斜里町に在住しています。私は小さいころから自然が好きで、遊びのほとんどは野外でした。特に生き物に興味があり、近所の公園や空き地でバッタやコオロギ、カマキリを探したり、田んぼや用水路でカエルやヘビ、ザリガニ、魚などを追いかけて遊んでいました。
やがて遊びの行動範囲が広がると、自宅から自転車で10分ほどのところにある川が、主な遊び場となった。その川が、つい2年ほど前まで、私のフィールドとなりました。

私が通った河畔林は、林と言うには木が薄く、川沿いにわずかに木が並んでいる程度で、林の幅は平均して20mほどあったかどうかの狭い場所です。橋の上から見ても土手から見ても、普通は下りて行ってみようと思わないような外見でした。しかし、当時の私にとっては1年中楽しめる秘密の場所でした。

この河畔林の四季の見どころを順に紹介していきますと、夏はまず、多くの生き物に出会います。河畔林の柳の木では樹液が出ており、カナブンやカブトムシ、クワガタが多く集まってきます。また、湿度の高い河畔林の林床では、カタツムリの仲間が意外に多く、少なくとも9種類の生息を確認しました。けもの道のようになっている林内ではタヌキの溜糞や、何者かに襲われたキジの羽根が散らばっていたりもしました。夏はオオヨシキリのBGMを常に耳にしながらこのような生き物たちを観察できます。

秋、鳥の渡りの季節になると、通り過ぎるだけの鳥も一時的に立ち寄ったり、冬鳥がやってきます。河畔林には野生化した柿の木が生えており、ヒヨドリやツグミが主に食べに来ていました。

冬はノスリ、ケアシノスリ、チョウゲンボウ、コチョウゲンボウ、ハイタカ、オオタカ、ハヤブサ、トラフズクなどの猛禽類が河畔林を越冬地として利用していました。観察していて面白かったのが、道路脇のとある電柱がオオタカの解体場になっており、そばを通るたびに色々な鳥の羽根を拾うので、オオタカが何を食べているかが文字通り手に取るように分かることでした。一番多かったのがツグミで、他にはキジバト、カワラヒワ、タシギ、シロハラ、ハクセキレイなどでした。

また、冬の河畔林内を歩くと野鳥観察以外にも楽しみがあります。河畔林のあちらこちらの木からエノキタケが生えてくるのと、運が良ければ大量のヒラタケが採れることです。

春にも意外と高頻度にヒラタケが採れ、もちろん春ならではのフキノトウ、コゴミ、ヤマシャク、ヤブカンゾウなど山菜類も楽しむことができました。

私が通っていた狭い河畔林でもこんなに一年中楽しむことができたので、皆さんも身近に河畔林があるならば、ちょっと立ち寄ってみてはいかがでしょうか?きっと面白い発見があると思いますので、身近なフィールドとしてお勧めです。

支部報「カッコウ」2014年12月号より

折居彪二郎採集日誌の出版

折居彪二郎採集日誌編集委員長 鷲田善幸

ウトナイ湖の鳥類調査を最初に行った人は折居彪二郎(おりい ひょうじろう)です。折居が昭和三十年代に林野庁から依頼を受け行った調査が、ウトナイ湖サンクチュアリの調査活動の元祖と言って良いかもしれません。

折居彪二郎は新潟県で生まれ、一九一三年から苫小牧村字植苗(当時)で農業のかたわら鳥学者、動物学者の依頼により鳥獣採集を行っていました。戦前、山階芳麿、黒田長禮らの依頼で韓国、旧満州、千島、樺太、ミクロネシア、台湾、琉球列島等へ鳥獣採集に赴き、日本の鳥類学に多大な貢献をしました。

折居が製作した標本は数万点で、現在、山階鳥類研究所をはじめ各地の博物館等に合計一万点近くが残っています。中にはイギリスやアメリカの自然史博物館等海外に納められた標本もあります。

折居は採集旅行に行った際、日記をつけていて、採集した鳥獣についてだけでなく海外で体調を崩した時の様子や異郷の地で妻子を思う気持ちなども書かれています。食事代や宿代、交通費など詳しく記されていて当時の世相がうかがわれます。各地の風俗や景色・地形なども書かれ、旅行記として読んでも面白いものです。

故小山政弘氏が折居の業績に関心を持ち、一九八〇年「折居彪二郎遺稿集編纂委員会」を正富宏之氏はじめ八名で立ち上げました。小山氏が、編纂委員会のメンバーに折居彪二郎の日誌や手紙の原稿書き起こしを分担しました。あちこちの出版社に当たったが売れそうもない本を引き受ける所は無く、やがて小山氏から大畑孝二氏へ原稿は引き継がれました。実質的には大畑氏が中心となり、正富氏を会長とする折居彪二郎研究会が一九九三年にでき、小山氏の志を受け継ぎました。

その後、二〇〇三年から二〇〇九年にかけて折居彪二郎研究会のメンバーにより沖縄大学研究叢書、苫小牧市博物館館報、岐阜県博物館調査報告等に各採集日誌の活字化が実現しました。けれども、大学や博物館の出版物は一般の方が読む機会がほとんどありません。

そこでより多くの方々に読んでいただきたく折居彪二郎の採集日誌を一冊にまとめた本の出版が大畑氏の呼び掛けにより企画されました。癖字や略字が多用され、採集日誌の判読は各執筆者共大変苦労しました。折居の遺族が苫小牧市に寄贈した採集日誌八冊を、専門家でない方々にも読みやすいようにと文語で書かれた採集日誌原文を現代語訳しました。

折居の評伝や現存する標本の紹介等を加えて、生誕一三〇年にあたる二〇一三年に苫小牧の一耕社(電話〇一四四-七五-六七九〇)より「鳥獣採集家折居彪二郎採集日誌」として自費出版しました。

支部報「カッコウ」2014年11月号より
「鳥日和」>「レビュー」コーナーでも「鳥獣採集家 折居彪二郎採集日誌」を紹介しております。出版社のリンクも張ってありますので、そちらも合わせてご覧ください。