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Sapporo Chapter Wild Bird Society of Japan

“気づき”のきっかけとの出会い

(公財)日本野鳥の会 普及室販売出版グループ 大久保明香

 数年前まで東京が嫌いでした。自然がないと思っていました。小学6年で東京に越してきてから高校を卒業するまで、地元の緑という緑はめまぐるしく変化し、アスファルトになり、ビルが建ちました。子供ながらにその変化がつらく、東京は自然のないところだと決めつけ、いつしか毛嫌いするようになっていました。

 高校卒業後は地方の大学に進学。大学一年の基礎ゼミで、私の班は身近な野生生物を調べることになりました。班の中にバードウォッチャーや昆虫少年(青年?)がいたわけでもなく、“自然や生き物が好き”というだけの素人の集まりだったため、はじめはありきたりな生き物しか見つかりません。しかし、担当教授のご指導もあり、演習林もないこじんまりしたキャンパスの周辺に、実に様々な生き物が暮らしていることを知ります。探鳥会に初めて参加した人の気持ちと似ているかもしれません。大学周辺は、少し離れれば田んぼや畑が広がり、ノスリが電柱にとまり、近くの木でアカゲラがドラミングをし、早朝の道路をアナグマが歩き、電線にカッコウがとまる…。身近な自然の豊かさに気付いた一方で、やはり東京とは違うな、と。

 しかし卒業後、再び東京に戻ると今まで見えていなかったものに気が付きます。学生時代に見知った生き物が東京にもいる!しかもこんなに家の近くに!東京にもたくさんの生き物がいたことに驚き、これまでの自分の思い込みに恥ずかしさも覚えました。

アカゲラ

初めて見たアカゲラ。キツツキ!と興奮したが、その後戻った東京でコゲラをあちこちで見ることになる。

 知らないものは、意識しないと人は気が付けないもの。スズメしか知らない人は、街中にいるスズメサイズの鳥はみんなスズメに見えるものです。他の鳥を知らないから無意識に思い込んでしまう。だから、その気づきのきっかけを与えることは重要なことだと思います。ふとしたきっかけから知る、ちょっとした知識や情報が、その人の世界を確実に広げることでしょう。自然保護に対する気持ちも同じではないでしょうか。知らなければ当然、守る意味もわかりません。支部の皆様が日々、身近に多くの生き物がいることや、豊かな自然があること、野鳥の魅力を伝えてくださることも、単なる情報共有や仲間を増やすことに留まらず、野鳥との共存を考えるきっかけ、「知ること」を提供する大切な役割を果たしていると考えます。財団・販売出版グループは、いつも“なぜ”その商品を販売するのか考えています。私たちの活動もこうした気づきを提供する役目となれればと思います。

支部報「カッコウ」2018年8,9月号より

羊ヶ丘の森

国立研究開発法人 森林研究・整備機構 森林総合研究所
北海道支所 河原孝行

2017年4月より現職場のある羊ヶ丘に5年ぶりに戻ってきました。その前の3年間は本所のある、つくば市。さらにその前の2年間は高知に勤務しておりました。高知にいた時にはサンショウクイが冬でも見られたので結構驚きました。このサンショウクイは亜種リュウキュウサンショウクイと呼ばれるタイプのもので、だいぶ本州の北の方まで分布を広げてきたようです。アカショウビンもスギ林の中でもよく聞く機会があったのですが姿はなかなか見られず、ヤイロチョウに至っては声を何度か聞いたのみでついに姿を見ないままとなってしまいました(心残り…)。

いろいろ新しい経験もできた5年間でしたが、羊ヶ丘に帰ってきて、「やっぱりここの森は和むなあ」と感じいります。札幌の森では普通の鳥ですが、キビタキもクロツグミも輝いて見え、美しい歌声を披露してくれます。春の林床には、フクジュソウ・エゾエンゴサク・エンレイソウ類・オオタチツボスミレ・ヒトリシズカ・キクザキイチゲなどが次々と咲き、初夏にはマイヅルソウ・クルマバソウ・ユキザサなどが続き、秋にはエゾヤマハギ・エゾゴマナ・アキノキリンソウなど切れ目なく咲いていきます。エゾリスやキタキツネは普通に見かけますし、エゾヤチネズミもササ藪を徘徊していきます。エゾハルゼミの声のシャワーもやはり北海道の初夏には欠かせません。15年間羊ヶ丘に勤務していて、すっかり普通になってしまったことが、帰ってきて改めて新鮮であり、素晴らしく感じたのでした。

シラカバ過熟林とエゾシカ

帰ってきて驚いたことが2つあります。1つはエゾシカが庁舎の近くでもしばしば観察されるようになったことです。これまで、秋に森の奥で年に1-2回程見る機会があったのですが、昨年も今年も1年中近辺で1-5頭くらいが良く見られます。昨秋は羊ヶ丘展望台との間の柵を飛び越えそこねて引っかかった雄鹿まで出る始末です。もう1つはこれも秋にたまに見られるだけだったクマゲラが1年中見られるようになったことです。

支所内の森(実験林)は徒歩であれば林道を自由に歩けるよう一般に開放しています。また、構内では、標本館(月~金、9:00-16:00)で研究の成果や剥製、材幹標本など展示しておりますし、樹木園もあり、森に関する学習もできます。読者の皆様も是非散策に来てください。


詳しくは、森林総合研究所北海道支所のホームページ
http://www.ffpri.affrc.go.jp/hkd/index.html
をご覧ください。

支部報「カッコウ」2018年7月号より

地域を潤しシマフクロウの未来も作る取り組み

NPO法人シマフクロウ・エイド 事務局長 菅野直子

2017年9月に札幌で開催した当スライドトークに札幌支部副支部長様に参加いただいたご縁で投稿させていただいています。

10年前から、シマフクロウの保護・保全と普及・啓発を推進するNPOを浜中町で運営しています。代表が環境省のシマフクロウ保護調査員で長年携わる中で、保護の担い手や地域住民や一般への普及啓発が無い状況での今後の保護活動の行方を危惧したことから、そこを解決していこうと設立した団体です。

私個人としては、埼玉県から北海道に来て20年目です。20代前半に、仕事で腰を痛めリハビリのため始めた山歩きが、自然へ強い関心を持つきっかけになり、これ以降の人生が現在の活動に繋がっています。縁あって日本自然保護協会の自然観察指導員になり、長野県戸隠村で観察会の経験をさせてもらいました。最近になり、そこでお世話になった越水ロッジが日本野鳥の会協定の宿だと気づきました。オーナー夫妻には野鳥や草木・文化ついて毎回楽しく教えてもらいました。大学や多様な主体と連携した自然保護活動にも熱心で、晩年まで継続されていました。その後、自然や文化の意味や背景を自分の感性を媒介に分かりやすく伝えるインタープリターという資格に出会い、東京都の自然公園施設でその仕事に就きました。来訪者が自分の生活に戻った後も自然への興味・関心が持続したり、自然に対し自ら行動へ発展することを目指した様々なプログラム開発等に携わりました。

現在は、対象がシマフクロウになりました。生態系の頂点なのでそこが護られるとその下の様々な生き物も護られます。私たちのNPOは、一次産業の源でもある地域の環境保全に地域主体で持続的な保全活動が根付くことをもって、生物多様性保全と地域創生が両立を目指しています。その結果、シマフクロウも私たちの暮らしも守られている、といった状況です。この取組みは、他地域へ波及していくことを想定しています。緑の回廊の回復となり、移動分散中の事故や近親交配など、現在かかえている課題の解決につながると想定しています。専門の調査や研究はとても重要です。それと同じくらい、野生生物や私たちが暮らす環境の保全は、どうしてもそこに住む人たちや利用する様々な人たちの理解や協力が不可欠です。最近、これらをまとめたパンフレットを作りました。「みんなで守る」がキーワードです。札幌支部にも送付致しますので、続きはぜひ手にとってご覧頂ければ幸いです。

NPO法人シマフクロウ・エイド
https://fishowlaid.jp/

支部報「カッコウ」2018年6月号より

「心の里定山」へのお誘い

NPO法人森と湯の里定山渓代表理事 一條 晋

春の光を水面に乗せて豊平川が楽しそうに流れています。日本野鳥の会札幌支部会員の皆様には益々ご健勝のこととお慶び申し上げます。この度は手前老爺が館長を務めております「心の里定山」に皆様をお誘いしたいと思います。

「心の里定山」は定山渓の自然と一体となり、心地よい時間を過ごせる名前通りの癒やしの空間です。心を潤してくれるコーヒー、紅茶等々の飲物やスタッフ手作りのスイーツ等を自由に取りながら、天然温泉の足湯やヒーリングラウンジ、茶室等で寛いで、束の間の日常からの逃避行を楽しんで戴けるのです。束の間と言っても午前十時から午後六時まで利用時間に制限はなく、出入りも自由で入館料はお一人様たったの千五百円です。他に、ぬくもりの宿ふる川の日帰り入浴とのセット(二千円)もあります。四季折々、定山渓の自然散策を楽しんだ後の足湯は本当におすすめです。春は桜や小鳥たちのさえずり、可憐な野の花、夏は蝶の乱舞や蟬しぐれ、秋は紅葉、八千草、虫の声、冬は白皚皚の雪景色と「心の里定山」の魅力は尽きません。そうした自然との出会いを一層深めてくれる自然関連、とりわけ野鳥に関する図書を数多く取揃えてあります。大人の時間、贅沢な時間をたっぷりと味わえる足湯カフェをぜひ体験してみてください。

「心の里定山」へのお誘い

定山渓は、皆様ご存知のとおり、温泉を含め、水に大変恵まれたところです。水が豊かであるということは植物も豊かであり、野鳥はじめ他の野生生物にとっても良好な生息環境ということです。そして、忘れられた定山渓の森には、美しさも、豊かさも、不屈さも、従順さも、謙虚さも、限りないなつかしさも、痛ましい思い出も、明日への夢も、何もかも溶けこんでいるのです。

定山渓の自然景観に眼を凝らす時、新たな驚きがあり、ある時はその姿があまりに美しく、またある時は峻烈な激しさをもって、そしてまた、母なるやさしさで、さらに、深い慈愛のまなざしをもって語りかけてくるのです。そこに神の意思をすら垣間みる思いがします。やはり自然は命そのものなのです。私どもNPO法人森と湯の里定山渓は、こうした定山渓の特異な自然環境を保全、活用することを目的として活動しています。

「心の里定山」を拠点として、定山渓の自然に触れ、生きとし生けるものを愛でることの喜びをひとりでも多くの人に感じて戴きたいと願っております。定山渓においでの節はぜひお立ち寄りください。お待ちしております。

支部報「カッコウ」2018年5月号より

「タンチョウ保護のこれから」シンポジウム実施報告

鶴居・伊藤タンチョウサンクチュアリ 原田修

1月21日、鶴居・伊藤タンチョウサンクチュアリ開設30周年記念事業として標記シンポジウムを札幌国際ホールで開催しました。30年前に383羽だったタンチョウは、給餌等の保護活動が奏功し、現在はむかわ町で繁殖する等、約1,800羽まで回復しています。一方で給餌による人馴れから、人里での事故、農業被害、そして過密化した給餌場での伝染病蔓延のリスク等の課題も懸念されています。そこで、自然分散の最前線の道央圏で、タンチョウの現状とこれからの保護活動について知っていただくために開催しました。

まずはサンクチュアリの30年の活動報告の後、北海道大学大学院文学研究科専門研究員の久井貴世博士による基調講演「札幌周辺にタンチョウがいた頃の話」がありました。膨大な古文書の解読から、江戸時代の北海道には、道央、道北、道東、道南にタンチョウがいて、さらに当時は本州まで渡りをしていたと考えられています。「活鶴(生きた鶴)」「塩鶴(塩漬けの肉)」が幕府に献上されていたそうです。しかし明治時代の乱獲で釧路地方ではタンチョウが見られなくなりました。明治の半ばには、タンチョウの一大生息地は道東ではなく、千歳市や長沼町、南幌町、札幌手稲、丘珠、白石等の道央一帯だったとの事。

柳生会長のお話し

柳生会長のお話し

続いて当会会長の柳生博より「タンチョウとコウノトリの話」があり、ユーモアあふれる語り口と、制限時間を守ろうとする職員との掛け合いに、会場は笑いに包まれました。


最後に、5人の登壇者によるパネル討論が行われました。まずは、むかわ町でのタンチョウ繁殖の見守りや長沼町での遊水地へのタンチョウ誘致等の、道央圏での活動が紹介されました。意見交換では、「水田地帯への定着や誘致が新しい動き」「タンチョウ保護はこれまで一部の鳥好きの問題と思われていたが、鶴居村をはじめ、地域全体の問題として地域主体で考えようと方向転換しているのが重要」「新規生息地では(農業被害や人馴れを助長する)冬期給餌はしないで」「カメラマンには“見守り中”と表示しての巡回やパンフレットの配布、地元への声かけが重要」等の、これまでの実践に裏打ちされた説得力のある意見や提案が活発に交わされました。当日は188人の参加者があり、道央での関心の高さと今後の活動の重要性を改めて感じました。

支部報「カッコウ」2018年 4月号より

渡りの中継地、千葉県盤州干潟

日本野鳥の会千葉県幹事(磐州干潟探鳥会担当) 岡嘉弘

2017年11月5日の札幌支部西岡公園探鳥会に参加させていただいたご縁で投稿させていただいています。

盤州干潟を御存知でしょうか?千葉県袖ケ浦市から木更津市にまたがる東京湾に残る自然干潟です。東京湾に干潟があるの?と多くの人が疑問を持たれます。確かに東京湾の沿岸のほとんどが埋め立てられ、今や昔の遠浅の海岸を見られる場所は、盤州干潟以外では、船橋市三番瀬、葛西臨海公園等に限られています。その中でも、長さ7.5km、沖合2km、約1500ヘクタールの砂質干潟である盤州干潟は、東京湾最大の自然干潟です。川崎と木更津を結ぶアクアラインの両側に広がり、大潮の干潮時は、対岸の横浜まで歩けるのではないかというような広大な干潟です。横浜の後方には、どっしりと構えた富士山を望むことができます。

盤州干潟の特徴は、前浜と呼ばれる砂浜部分だけでなく、後浜と呼ばれる広大な葦原の塩性湿地が広がっていることです。前浜では、アサリなど2枚貝、カニ、ゴカイ、スナムグリ、ハゼの仲間の幼魚など海浜生物が、後浜では、カニはもちろん、ハママツナ、ハマヒルガオ、シオクグなどの多種の海浜植物が生育しています。

この干潟を、数多くの野鳥が利用します。特に、春秋にはシギ・チドリを中心に、渡り途中の休息に寄ってくれます。越冬するシギ・チも多く、ハマシギやミユビシギの群れは圧巻です。後浜では、季節によりオオジュリン、セッカ、チュウヒ、ノスリ、オオタカ、ハヤブサ、ミサゴ等が舞います。後浜の中には、浸透実験池と呼ばれるほぼ円形のドーナツ形の淡水湖があり、カモの越冬地になっています。

私は、この干潟で約20年間観察してきましたが、野鳥の種類や数が変わってきていると感じます。一昨年まで、浸透実験池の内側陸地に数百羽のカワウがコロニーを形成していましたが、昨年から、全くいなくなりました。10年程前までは、8月になると、干潟を覆わんばかりのコアジサシが集結し、渡りの準備をする光景が見られたのですが、今は一羽も見られません。シギ・チも減っており、以前の賑わいがありません。干潟の環境の変化もあるのでしょうが原因は特定されていません。それにしても多様な生物を育む広大な貴重な干潟です。これからも保全に協力していきたいと考えています。

偶数月の第一日曜日に定例の探鳥会を開催しています。東京方面においでの節は、ぜひご参加ください。

参考:盤州干潟を守る会 http://www2.tbb.t-com.ne.jp/haruet50/index.html




支部報「カッコウ」2018年 3月号より

津軽海峡・海鳥探鳥会

日本野鳥の会道南桧山  例会担当 西澤勝郎

 当支部の特色ある例会、七飯町ツバメのねぐら入り探鳥会・松前町白神岬バンディング探鳥会とならんで開催される「津軽海峡・海鳥探鳥会」について紹介します。

 この探鳥会の目的は、函館→大間間のフェリーに乗船して、観察する機会のない海鳥を船上から近くで観察するところにあります。なかでもハシボソミズナギドリの渡りを見ることができるのは、国内では太平洋上か津軽海峡等しかありません。その上、津軽海峡では四月中旬から六月上旬にかけて、東(恵山)から西(松前)側へ渡っていく時期しか観察出来ません。そして、これを観察する方法は二つあります。ひとつは今回紹介する船上から観察する方法です。もうひとつの方法は汐首灯台等の陸上から望遠鏡で観察する方法です。ものすごい数のハシボソミズナギドリが海面を縫うように渡っていく様子を見ることができる時があります。

海峡を飛ぶハシボソミズナギドリ

海峡を飛ぶハシボソミズナギドリ

 ハシボソミズナギドリは、四月の上旬に南半球のタスマニア島周辺海域で繁殖を終え、親鳥は体力のついたヒナを残し、自分たちだけが北半球に向けて飛び立ち、赤道を越え太平洋を昼夜飛んで北上し、好物のツノナシオキアミが春に大発生する三陸沖で一休みします。残ったヒナは大人の羽に換羽した後、親鳥の後を追い渡り始めます。太平洋を真直ぐ北上し一部は北方四島周辺やオホーツク海で夏を過ごしますが、更に北上を続け、ベーリング海や北極海を目指すものもいます。恵山岬から津軽海峡に入るごく一部の群れを私たちは観察します。帰りは津軽海峡を通過しません。九月中旬にまたタスマニア島周辺海域まで戻って繁殖するのです。南北の両半球で表層に大発生するオキアミ類に合わせて暮らしています。

 この例会は、2004年から始まり現在まで続いています。毎年、会員以外の一般参加者が多く、楽しみにしている常連の方もおられます。講師には海鳥研究で世界的な権威者、北海道大学名誉教授小城春雄先生に毎年参加して頂き、開会式でのお話や、観察中のアドバイスの判りやすく楽しい説明は、皆さんを魅了しています。いつも、多くの鳥達に皆さんが出会えるように願って企画していますが、昨年のように大間寄りの海峡で幾つもの筋になって飛ぶ様子を往復で見られたのは久しぶりでした。今までに、アカエリヒレアシシギ、オオミズナギドリ・ハイイロミズナギドリ・ミナミオナガミズナギドリ等72種を観察しています。

 一般の参加者の方からお聞きすると「日常では、鳥達を意識して観察することがないのでこの例会で新たに知るものがあって新鮮でした」とか「毎年違った海峡の一面を見る機会を得て感激しています」等の感想が寄せられます。毎年、皆さんが楽しんで頂ける例会になるよう心がけて開催して行きたいと思います。

支部報「カッコウ」2018年 1,2月号より

鳥の見る夢?

札幌科学技術専門学校  興野 昌樹

昆虫の触角は、科や目といった上位のグループの特徴を示すことが多く、見間違えがちなアブとハチとを識別するポイントの一つにもなっています。ハチの触角が太目で長いのに対して多くのアブのそれはかなり貧相で、違いは遠目にも見てとれます。ここはアブがハチに擬態する上での弱点なのか、ナガハナアブの仲間には太く変形した前肢を頭の前に掲げて触角を偽装するものがいて、その苦しい工夫には思わず笑みが浮かびます。

今年になって、このナガハナアブが飛翔中も前肢を掲げていることに気づきました。これはもう鳥向けの擬態であることに疑問の余地がありません。
昆虫の擬態については鳥が意識されることが多くて、フィリップ・ハウスの美しい本「なぜ蝶は美しいのか」の中でも鳥の視覚について論じられています。他の捕食者の影響だって間違いなくあるはずですが、前肢を伸ばして飛んでいるアブのけなげな姿に鳥の影響の強さを実感した次第です。

シャチホコガ(幼虫)

擬態には驚くほどモデルに似ている例が目立ちます。しかしモデル不明、でもいかにも怪しい姿をしているものもたくさんいます。中でもシャチホコガの幼虫は、際立って長い胸肢、大きな頭、かぎ状のいぼ足、尾端にふくらみと1対の突起を備えた異形の生物である上、刺激を受けると体をそらせて長い肢を震わせ、さらに体側面に隠されていた2対の眼状紋を開閉させます。この怪物のモデルの有害生物がいたらもうパニックものです。

この幼虫について前述のフィリップ・ハウスはサテュロス型擬態(いろいろな生き物のパーツに見えるものが混在することで、見る側を混乱させるタイプの擬態)の例として取り上げています。鳥の視覚にはヒトやサルとは違って全体像よりも部分の影響が強いという特性があって(たとえば動物心理研究という学会誌。ネットで読めます)、この擬態の概念には裏付けがあるのは確かです。でも鳥が混乱している隙に飛び去ることができる成虫なら知らず、動きの鈍いイモムシは敵を追い払わなければなりません。混乱程度ではなく相手が逃げ出すくらい「恐がらせる」必要があるはずです。

ヒトやサルではうろこのあるヘビの姿と「恐れ」とが生得的に結びついているそうですが、異なる視覚認知特性を持つ鳥の場合、心の中に「うろこ+細長い」とは別の恐怖のイメージを持っている可能性があります。もしかしたらその恐怖のイメージを利用したのがシャチホコガ幼虫のあの姿であり、あのイモムシは「鳥が見る悪夢のかたち」がこの世に具現化した存在なのかもしれません。

シャチホコガの幼虫を見つけたらぜひつついてみてください。深夜、鳥が怯える「それ」があなたの夢の中に出てくる、かも・・・。

支部報「カッコウ」2017年12月号より

『春国岱』冬のみどころ

(公財)日本野鳥の会 根室市春国岱原生野鳥公園ネイチャーセンター
善浪めぐみ

春国岱の冬ならではの鳥との出会いと、春の耳より情報をお伝えします。根室への探鳥旅行を計画していただけると嬉しいです。

■ユキホオジロ

ここ何年かは目撃情報も少なく、見られたとしてもほんの数羽程度でした。それが昨年の2016年シーズンは、11月中旬に目撃されたのを最初に20羽程度のまとまった群で渡ってきて、地元や遠方から来られたバードウォッチャーを喜ばせてくれました。聞くところによるとユキホオジロが食べに来るハマニンニクは、30年以上前は、春国岱の海岸側の砂丘の先端に多く自生していたため、バードウォッチャーも風雪のなかを歩いて、彼らに会いに行っていたそうです。現在は砂丘の形が変化し、ハマニンニクが残っているのは幸か不幸か手前の駐車場周辺に集中しているので、お気軽に見ることができました。群でやって来て、ちょこっと穂先に乗って実を食べたり、仲間が落とした実を探してちょこまか歩く姿が、多くのバードウォッチャーを虜にさせてしまう所以なのだろうと思いました。ユキホオジロは、2月下旬まで観察されました。4、5日姿を見かけないことも何度かありましたが、完全に渡ったのではなく、根室半島内や春国岱の対岸の走古丹を行ったり来たりしているようでした。今シーズンもハマニンニクの生長は昨年並みだと思いますので、ユキホオジロの飛来に期待しています。

ユキホオジロ

ユキホオジロ

■春国岱・森林部散策路再開!

2014年12月に起きた高潮の被害により、森林部のアカエゾマツコースは閉鎖されたままになっていましたが、来春に約3年半ぶりに開通する予定です。管理する根室市に整備を要望する声が多く寄せられ、ふるさと納税を利用して散策路を修復することになったのです。現在は壊れた材木や倒木を、手押し車で運び出す作業をしています。ミズバショウが咲き、カラ類がさえずる季節の森に行くのが待ち遠しいです。

支部報「カッコウ」2017年11月号より

小さな町の小さな畑

日本野鳥の会会員 小林保則

虻田郡ニセコ町字富士見通107番地。ニセコ駅から通称サイレン坂を上って、羊蹄山(蝦夷富士)に真っすぐ延びる通りが富士見通。両脇に役場、町民センター、体育館、いくつかのお寺が並んでいる。昔ながらの住宅街でもあるこの地域にも、今話題のニセコエリア(倶知安町スキー場付近)で働く人々の住宅やアパートが建ち始め、外人さんと行きかう機会も多くなって、「変わりゆくニセコ」を実感する。

こんな街中に、300坪ほどの小さな畑がある。98歳で亡くなった母が96歳ごろまで、慈しんできた畑である。地べたに座って種をまき、這いずりながら草を取り、ゆっくりゆっくり作物を収穫していた。

母のそんな姿が忘れられず、5年前から、週末農業を始めた。

畑と羊蹄山

春、南向きの畑の雪どけは早い。雪が消える前に、畑に残しておいたニンジンを掘り上げる。近くの電線には、シジュウカラやヤマガラやスズメたちが、春が来るよと教えてくれる。やがて雪が消え、時々、アトリが地面を掘り返す。

5月、耕運機で、畑全体を起こす。春の日差しに囲まれているとはいえ、行ったり来たり歩は遅い。耕運機の音を聞いて、春一番毎年訪れる鳥達がいる。近くに営巣している番のハクセキレイと一羽のハシボソガラスだ。掘り返した土の中から出てくるミミズや土中の虫を一心不乱に追いかける。ハクセキレイは手を伸ばせば乗りそうなほどにも近づいてくる。

連休後一番の仕事はジャガイモの植え付けである。堆肥と肥料を入れて、畝を切る。切ったばかりの畝を雌のハクセキレイが歩き出す。その後ろを雄のハクセキレイが、ちょっと離れてハシボソガラスがついてくる。

昔から、農作業を手伝っていて母に褒められた記憶はない。「そんなんじゃだめだ!」母の口癖だった。常に近くに寄って来るこのハクセキレイは、畑の隅々まで歩き回り、まるで我々の作業のダメ出しをしているように見えてくる。この日から、母の名前「律江子」にちなんで、この雌のハクセキレイを「ツエ子」と呼ぶことにした。

5月後半から6月にかけて、トウモロコシの種撒き、玉ねぎ、カボチャ、サツマイモの定植と作業が続く。この頃から、近くのカラマツのてっぺんでカッコウが鳴き始める。畑の上空を横切って公園の街路灯に止まるのが日課のようだ。カッコウの声を聴きながら、豆を撒く。7月、逞しく育った草取りの作業中も「ツエ子」は我々の後をついてくる。来年もまた鳥たちの出会いを楽しみに、週末農業を続けたいと思う。

支部報「カッコウ」2017年10月号より