シマフクロウとの32年
この春、勤務する大学の出版会から「シマフクロウ 家族の物語」を上梓しました。シマフクロウ一家の生活を観察者の視点から「つれづれなるままに」書き連ねたもので、堅い学術書ではありません。大学院生の頃はフィールドでの些細な出来事まで細々と野帳に書き残していたので記憶を辿ることも容易な上に、遠い過去は記憶の中で美化されるためか、思い出を綴るのは楽しい作業でした。当時は大学院で必要なデータを集めることに必死で精神的にも経済的にも余裕は無かったのですが、振り返るといつもシマフクロウのそばで過ごしたあの日々は、贅沢で幸せだったと懐かしく恋しいばかりです。何せ、シマフクロウは不思議な魅力に満ち、何年見ていても飽きることがありません。さらに私が研究者としての勤勉さや洞察力に欠けるためか、いつまでたってもわからないことばかりで、終点の見えない列車に乗り続けているようなものです。
シマフクロウが長寿であることも、個体への愛着を増幅させ、目が離せなくなる大きな要因でした。研究を始めた時、満1才で両親の扶養家族だった娘はその後32才まで生き、4羽のオスを伴侶とし、何度も何度も子を育てました。繁殖個体1羽の生涯を見届けるのに30年以上かかるのですから、シマフクロウの生活史を追うのは途方もない長い時間が必要なのです。
しかし、年月を経て私の立場も変わりシマフクロウと過ごす時間が減り、さらにその貴重な時間も様々な外力で妨げられることが多くなりました。著書の中でもシマフクロウの営利利用の実態を非難しましたが、野生動物との間に必要な距離感覚を持たないまま、ズカズカ生息地を荒らす人たちとは対話の言葉も見つかりません。ただ、諦めずに絶滅危惧種と人の付き合い方を突き詰めて考えることも、シマフクロウから私に課された大きな宿題と思うようにしています。