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Sapporo Chapter Wild Bird Society of Japan

遭遇!ハシボソミズナギドリの大群!

日本野鳥の会札幌支部 臼田正
渡り行くハシボソミズナギドリ

渡り行くハシボソミズナギドリ

 それは、平成25年5月3日、洋上での探鳥を目的に、苫小牧―八戸航路に乗船した時のことでした。フェリーが苫小牧を出航して間もなく、航海の無事を祈り、海鳥や海洋生物たちとの出会いを期待してビールで乾杯する恒例の儀式を同行のK師と行った直後、船の行く手に何万羽というハシボソミズナギドリの大群が出現したのです。およそ10年ぶりに、このような大群に遭遇し、「ウオーッ!」と興奮した我々は、躊躇せずただちに、この日二度目の儀式をおごそかに挙行したのでありました。

 今回は、この大群との出会いを詠んだ長歌一首と反歌(短歌)二首を紹介させていただきます。航行するフェリーに迫り来る、ハシボソミズナギドリ大群の圧倒的な迫力を感じていただければ幸いです。

はるかなる 水平線よ はるかなる 南十字星(サザンクロス)よ
嘴細き 水薙鳥は 大海を 渡り来たれり
たくましき 大胸筋は 幾千里 疲れを知らず
風を切り 波濤を越えて 大海を 渡り来たれり
ふるさとは タスマニアなる 南(みんなみ)の 水清き島
目指せるは アリューシャンなる 豊穣の海、北の涯
春浅き 苫小牧沖 風やさし 波なほやさし
残雪の 樽前山は たをやかに 横たはりたり
甲板に 我がたたずみて なつかしき なれを探せば
のぞきゐる 望遠鏡(スワロフスキ)に かなたなる 小さき影見ゆ
小さき影は はじめおぼろに その姿 かすかなりしも
見るほどに あまたとなりて たちまちに 迫り来たれり
乱れ飛ぶ その鳥影は くろぐろと 目にもさやかに
舞ひあがり 水面を滑り ひたぶるに 打ち羽ばたけり
振りおろす 細き羽先は しなやかに 波頭をかすめ
ひるがえす 長き翼は 陽をあびて しろがねに映ゆ
やがて鳥は 沸き立つほどに あふれ出で 海原をおほひ
幾万の 疾風となりて 北を目指し 渡り行きたり
その姿 いよよ麗し その生命 いよよいとほし
大海を 翔けるハシボソミズナギドリは

  ひとすぢに 弧を描きたり 波間翔ける
  水薙鳥の 初列風切

  息をのみて ただ眺めたり ほとばしる
  生のきらめき 熱きドラマを

支部報「カッコウ」2014年 1,2月号より

ミヤマガラスに思うこと

日本鳥類標識協会会員 富川徹

ミヤマガラスといえば、鹿児島県の出水干拓に冬季多数飛来するナベヅルやマナヅルとともに農地で観察される珍鳥と思っていた。91年1月(平3)、私は初めて当地を訪れ、出水でツル保護監視員をされていた故又野末春さんの民宿に泊まることができ、農業被害と野鳥の関わりなどの話を聞くと同時に、軽トラックで数千羽のツルの餌まき体験をした。これらは業務に携わった宮島沼鳥獣保護区設定やラムサール登録湿地保全において大変有意義なものになったことを懐かしく思い出される。ミヤマガラスは、この餌まき作業中でも農地脇の電線に数百の群れで列をなしとまったり、飛行しては田んぼに降りたりを繰り返していて、この北海道の光景にはない少し小さ目で人を寄せ付けないそのカラスに夢中で双眼鏡を向けていた。

私は94年4月、礼文島で初めての鳥類標識調査を行った。この時にミヤマガラスを北海道で初確認した。その数日前に隣の利尻島で確認されていることを知ってはいたが、まさか礼文島でも直ぐに遭遇できるとは驚きの何ものでもなかった。確認は島の北部にある久種湖で、8羽の小群が最北という牧場で牛と戯れるように採餌行動をとっており、思わず出水で見た数百羽という群れが北海道でも見られるのだろうかと考えてしまった。

その後、本種が国内はもとより道内各地で観察が相次ぎ、私の記録でも04年から05年にかけての大沼、鵡川、根室、そして礼文島をはじめとして、昨今まで多数確認している。20数年前まで珍しかったミヤマガラスは、今北海道では冬季とその前後に比較的普通に、しかも数羽ではなく大群での観察も珍しくはなく、近年は我が家近くにある酪農学園大学(江別市)の農地までに出現するようになった。私のミヤマガラスという鳥のイメージは大きく変わってしまったのだ。

ミヤマガラス分布調査についてはバードリサーチ(東京)で、渡りのルートなどを探るなどのプロジェクト調査が進められていてよくまとめられている。これによると北海道の最初の記録は88年で、各地で観察されるようになったのは、利尻島や礼文島の記録の94年頃からとなっている。今後、「なぜ本種が来るようになったのか」も含めて、その推移や解明に期待している。

一方、本件同様に道内ではダイサギやコサギなどの白サギについても、以前よりずいぶんと目に付くと思いつつ、これら種についてもまだ分かっていないことが多いので注目種といえよう。また、いい悪いは別にして、越冬組とは言えないくらいまでに分布拡大をみせるカワウやカササギの勢力についても気になっている。

ミヤマガラス 鵡川

鵡川2005.2 


ミヤマガラス 礼文

礼文 2007.5

[参考資料]

  • バードリサーチ.
    http://www.bird-research.jp/1_katsudo/index_miyamagarasu.html
  • 小杉和樹.1994.利尻島におけるミヤマガラス Corbus frugilegus の記録.利尻研究、(14): 5-6
  • 富川徹・小畑淳毅・福岡将之.1994.礼文島における春季(1994)の鳥類相.利尻研究、(14): 11-16
支部報「カッコウ」2013年12月号より

マガンという原風景

宮島沼水鳥・湿地センター インタープリター 岡野香子

近年では「マガンといえば宮島沼」が代名詞となっており、季節になると全国からたくさんの人が訪れるが、マガンが宮島沼で休憩を取り始めたのは1977年である。1971年に天然記念物に指定されたのを契機に徐々に数を増やし、宮島沼への飛来数が万羽を越えたのが1984年。現在のように6万羽を超えるようになったのが2000年。ほんの最近のことなのだ。

宮島沼で活動する子供たち、自然戦隊マガレンジャーにとって「マガン」は季節になると当たり前に飛来する”普通種”だ。子供同士の湿地交流会で、彼らが、宮島沼の自慢は観光客がたくさんやってくることです、と発表した時は本当に驚いたものだ。

そんな彼らの最近の関心事は「宮島沼のマガンをたくさんの人に見せたい」「宮島沼の水質をなんとかしたい」の2点だ。彼らの心にそんな自覚が生まれ始めたのは、他の湿地で体験活動をしたり、子供同士で交流したりした経験のおかげだ。いつも見ている”マガンの大群”の写真を見せると必ずあがる、小さくない歓声。「こんなに小さくて汚い沼なのに。僕達の宮島沼は人を感動させる特別な場所なんだ」自分たちの普通が、普通でないと気づいた瞬間。他を知ることで見えてきた自分達のフィールドの魅力である。水質もしかり。夏になると、臭くて緑色(アオコの大発生)の宮島沼。クッチャロ湖の水は澄んでいて、魚も水生昆虫もたくさん採れた!いやいや、宮島沼でも魚や水生昆虫はいるし、その活動も行っているのだが、臭い汚いの体感は強烈らしい。僕達にできる活動は何?来訪者に水質の悪さを知ってもらうための調査をしよう、ふゆみずたんぼin宮島沼のことを宣伝しよう、水質浄化植物ヨシを使った活動(ヨシ紙作りなど)をしよう。大人たちも試行錯誤している現状、これが子供たちに答えられた精一杯だった。よし、それならと、ヨシから絵葉書を手作りし、マガレンジャーグッヅとして販売しようと盛り上がっている。

自然戦隊マガレンジャー

我々スタッフとマガレンジャーは、相棒だ。マガレンジャーにとって、マガンは原風景となりつつある。彼らが大人になった時、我々が思いもしなかった秘策を生み出し、マガン保全への新たな道を築いてくれる。マガレンジャー達の笑顔を見ていると、そんな野望を抱かずにはいられない。

宮島沼HP:http://www.city.bibai.hokkaido.jp/miyajimanuma/
宮島沼の会「宮島沼日記」:http://blog.goo.ne.jp/miyajimanuma/
宮島沼プロジェクトチーム:http://miyajimanumaproject.blog.fc2.com/
マガレンジャー・活動日記:http://magaranger.blog55.fc2.com/

支部報「カッコウ」2013年11月号より

姫路の森から

(公財)日本野鳥の会レンジャー 斉藤 充

いまから30年近く前になりますが、私は、そのころ札幌支部の事務局があった野生生物情報センターでアルバイトをさせてもらっていました。このたびは当時お世話になった住友さんのお招きに与り、参上しました。

現在、私は姫路市自然観察の森に勤務しています。姫路市は兵庫県南西部に位置する人口53万の中核市。自然観察の森とは、このような都市の近郊に残る身近な自然をフィールドに自然保護教育を推進するため、環境庁(当時)のモデル事業で全国10市町につくられた施設で、このうち横浜市、豊田市、姫路市の施設運営に当会が携わっています。

さて、姫路といえば、国宝でもあり世界遺産にも登録されている姫路城ですね。残念ながら現在は平成の大修理中。再来年まで見ることはできませんが、確かに一見の価値はあると、城や歴史にそれほど興味のない私でも思います。ここではこの天下の名城にひっかけて自然観察の森で見られる特色ある生き物を二つ紹介したいと思います。

姫路城は別名白鷺城とも呼ばれます。そう呼ばれる理由は、白漆喰で塗られたその城壁の美しさから、昔シラサギが多く棲んでいたから、など諸説ありますが、姫路市ではこの名にちなんで市鳥をシラサギに、市花をサギソウに選定しています。サギソウは湿原に生育するランの仲間です。北海道には自生していないので馴染みがないかもしれませんが、夏にこの名がぴったりの純白の花を咲かせます。生育地の消失や乱採取により近年数が減少し、兵庫県の絶滅危惧種の一つになっています。自然観察の森には小規模ながらサギソウが自生する湿地があり、8月下旬には数百株の花を観賞することができます。

市鳥、市花、市木は多くの市や町で選定さてれていますね。姫路市にはさらに市蝶というのがあり、ジャコウアゲハがこれに選ばれています。その選定理由は、江戸時代に姫路城の城主だった池田氏の家紋がアゲハチョウで、お城の多くの瓦紋にこの家紋が使われていることと、さらに、当地には播州皿屋敷伝説なるものがあり、ジャコウアゲハのさなぎは城内の井戸に身を投げた女中お菊の化身だとされ、昔、お菊虫として人々に知られていた経緯があるからです。こんな伝説を生んださなぎの異形さのほか、幼虫はウマノスズクサという有毒植物を食草として身を守ることや、その名のとおり成虫は翅に香りをもつことなど話題性に富んだジャコウアゲハを自然観察の森では開設当初から飼育展示しています。

来年のNHK大河ドラマ「黒田官兵衛」は姫路が舞台。姫路観光に来られた際はぜひこちらにもお立ち寄りください。

サギソウ_ジャコウアゲハ

サギソウとジャコウアゲハ(円内はさなぎ)

支部報「カッコウ」2013年10月号より

オシドリの巣立ち

NPO法人真駒内芸術の森緑の回廊基金 新田啓子

巣立ち前に親鳥は巣穴から顔を出し、周囲の様子を伺い、出たり入ったり繰り返す。安全を確認すると地面に下り、ひと鳴きして雛を呼ぶ。雛は次々と巣穴に出てきて、勢いよくジャンプする。飛び下りるのを躊躇してぐずぐずしていた雛や母鳥から離れた場所に着地した雛は、ハシブトガラスに浚われることがあった。真駒内曙中学校の校庭の真ん中にあるハルニレの地上7mの樹洞からの着地時、雛はバウンドしてから草地に着地し、約3秒後に起き上り、鳴いている親鳥の元へ走った。その後、親鳥は安全な水辺まで雛を誘導した。雛は親鳥の後を一塊り、時には一列になって着いて行った。

2010曙中巣立 撮影谷上氏

2010年曙中での巣立ち時の着地の瞬間(撮影 谷上氏)

2011年の曙中での巣立ち後、川で親子を探している時に、抱卵中の別の雌を見つけた。10日間調査し、ついに営巣木を発見したが、そこはなんと国道のビル前の街路樹(ポプラ)であった。雌は、地上8mの高さの見た目わかりにくい洞から秘かに出入りしていた。営巣木の下は、コンクリートの歩道と車道だったので、巣立ち時に雛は大丈夫なのか、心配した。しかし街路樹での巣立ちの着地時、あまりバウンドしないでコンクリートの上にベタっと落ち、約6秒後にようやく起き上ってよたよたと安全な場所へ走り、無事だった。この時カラスがいたら、簡単に捕食されていたが、幸い来なかった。

市内の都市緑地での巣立ちも数例観察した。観察は、巣立ちに影響のない距離で行った。待つこと数時間、ようやく親鳥が巣穴に現れた。ハシブトガラスの多いエリアや人の多い場所での巣立ちは、ヒヤヒヤした。しかし、運がいいのか、期を待って決断しているのか、意外とうまく巣立っている。カラスよりヒトの方がやっかいかもしれない。ヒトが巣立ちに気が付き、走り近づいたため親鳥が飛んでしまい、雛がバラバラになり失敗した事例がある。

オシドリは本来森林性のカモ類で、山間部で繁殖していたが、近年市街地で繁殖する事例が増えている。それは山間部に樹洞のある巨木が少なくなり、水辺のある都市緑地の巨木に営巣するようになったのではないかと思われる。都市緑地は、彼らの最後の砦なのかもしれない。

今年、円山公園の池に6月9日と11日にそれぞれ13羽と8羽の雛の親子が出現した。13羽の方は巣立ち29日目時点で、まだ1羽の雛も減っていない大ファミリーである。親鳥が周囲の様子に気を配りながら常に声を出し、園内を採餌している親子の和やかな姿が見られる。

支部報「カッコウ」2013年8,9月号より

天売島の海鳥とネコ

北海道海鳥センター 石郷岡卓哉

 

 海鳥の楽園として知られる天売島は、道北の日本海に浮かぶ小さな島です。周囲12kmほどのこの島には、8種類100万羽の海鳥と、360人の島民、そして200〜300匹のネコが暮らしています。

 今回の話の主役は、この島ネコたちです。羽幌港からフェリーで天売島に行くと港周辺や集落にたくさんのネコたちがいます。多くが飼い主のいないノラネコで、中には集落から海鳥繁殖地に遠征をして、海鳥を襲うノラネコがいます。また、海鳥繁殖地周辺だけで暮らし、海鳥専門のハンターのようなノネコ(人家から離れた所に暮らす、人に依存していないネコのこと)もいます。このネコたちの影響を最も受けている海鳥が、ウミネコです。ノラネコ・ノネコにウミネコと、「ネコ」だらけで少し分かりにくいですが、20年ほど前には3万羽生息していたウミネコが10分の1に減った理由の1つに、1990年頃から繁殖地でよく見かけるようになったネコの影響が考えられています。ネコがウミネコのヒナを直接襲うことはもちろんですが、繁殖地にネコが入ることで親鳥が飛び立ち、その隙にハシブトガラスが卵やヒナを持ち去ることもあります。こうしてウミネコの繁殖がかく乱され、数を減らしてきたと考えられているのです。

 ここまで書くと、まるでネコが悪者のようですが、もともとは人によって持ち込まれ、飼われていたペットです。ノラネコ・ノネコにとっても、海鳥の繁殖期が終わればエサが減り、冬が厳しく病気や交通事故に遭うリスクの高い屋外での暮らしは、決して安心して生活できる環境ではありません。

 そこで、海鳥とネコの両方の幸せを守る、天売島ネコ対策事業がスタートしました。島内の飼いネコを登録制にして飼い主のいないノラネコ・ノネコを島外に出し、獣医師のもとで人が飼えるように馴らして、全道から新たな飼い主を募集する計画です。

 この取り組みに北海道獣医師会が協力してくれることになり、昨年は天売島で飼いネコの登録作業を行いました。最新の医療機器をトラック1台分運び込んで開設した臨時の動物診療所で、飼い主が連れてきたネコにマイクロチップを挿入しました。これでノラネコ・ノネコと区別できます。

 また、任意の避妊・去勢手術も、獣医師の丁寧な説明により、全ての飼いネコが受けてくれました。これで飼いネコから、新たにノラネコ・ノネコが生まれてくることを防げるはずです。

ウミネコ繁殖地の近くをうろつくネコ

ウミネコ繁殖地の近くをうろつくネコ

 今秋からはいよいよ、ノラネコ・ノネコを馴化(人が飼えるようにすること)して新たな飼い主へリレーする事業が始まります。その際は、読者のみなさんにもぜひ新たな飼い主になっていただければと思います。天売島が、人と海鳥とネコの共生する島となることを信じています。

支部報「カッコウ」2013年7月号より

定山渓の鳥参上

NPO法人森と湯の里定山渓 代表 一條 晋

以前「鳥参上」(一三八号)にご登場いただいた木彫家の三好さんは、今も豊平峡でフクロウを中心に黙々と木彫りに励んでおられます。その三好工房の庭が今回の鳥参上の舞台です。

まず初めはクマゲラです。三好工房の庭には三好さんの作品が無造作に置かれています。カラマツの台木に鎮座する「シマフクロウ」もそのひとつです。そこに参上したのがクマゲラ。「シマフクロウ」には目もくれず、コツコツとカラマツの台座をつつき始め、あっという間にカミキリムシの幼虫と思われる虫を取り出して食べてしまいました。それからもたびたびクマゲラの参上は続いているようですが、心境複雑なのは三好さん。

「フクロウはクマゲラの天敵ですよね。俺の作品のフクロウはクマゲラには本物に見えていないということか・・・。俺はまだまだ修行が足りない・・・。」

「いやいや、あれはシマフクロウ。シマフクロウは魚が主食だから、クマゲラにとって天敵ではないでしょう。つまりクマゲラは三好さんの作品をしっかりシマフクロウと認識しているのですよ。」「・・・。」

次いで三好工房の庭に参上したのはクマタカです。ここからは想像になりますが、車道を横切るアオダイショウとかエゾリスとかを目敏く見つけたクマタカが、急降下してきて車と接触してしまい、弾みで三好工房の庭に転がり込んできたという風に考えられます。赤い舌を出して、息も荒く、興奮状態のクマタカ。数多の木彫のフクロウたちを蹴散らし、大立ち回りを演じたクマタカの黄金に輝く虹彩に、こちらの目も釘付けになりました。クマタカのオスの虹彩は成長に従って灰青色から黄色・澄色・赤色と変化して、年齢が推定できますが、メスの虹彩は黄色のままで変化しないそうです。このクマタカは円山動物園に引き取られ、数ヵ月後に再び豊平峡の空へ放鳥されたようです。カムイ(神)を感じさせる偉大なクマタカの飛翔を今年も定山渓で見ることができたら嬉しいことです。

以上、「熊」の付く二種の鳥参上のお話でした。

支部報「カッコウ」2013年6月号より

スズメの大量死の原因は「サルモネラ」

空知家畜保健衛生所 酪農学園大学研究生 中野 良宣

2005年~’06の冬季にみられたスズメの激減・大量死はすでに過去のこととなり、生息数も回復してきているようです。この異常な出来事の原因はいったいなんだったのでしょうか。

高病原性トリインフルエンザや気候、融雪剤の影響などのほか、新たな視点として、麻布大学の宇根先生がサルモネラの関与について報告しています。しかし、道央圏を舞台とした大規模な事象の原因としては最終的な結論のないまま現在にいたっていると言えましょう。

‘06年4月、騒ぎのさなか、旭川市内で網羅的なスズメの死体の採集が行われ、酪農学園大学野生動物医学センターに冷凍保管されていました。これらの死体は、原因追究の大きな手がかりですが、乾燥や変性が著しく詳しい検査には適さないことから手つかずのままでした。

‘10年、私は、定年退職を機に酪農学園大学の研究生として在学し、保存されていたスズメの死体と取り組むことにしました。以下、その結果を簡単に記させてもらいます。

原因として、細菌の関与から取り組むこととし、サルモネラの分離を試みました。死体の変性や保存期間が4年以上にわたることから培養検査に加え、PCR法による遺伝子の検索や抗体の検索もあわせて行いました。その結果、旭川市内から採取された47羽中6羽からサルモネラが分離されました。遺伝子や抗体の検索では菌分離陰性の41羽中33羽で反応があり、あわせて47羽中39羽(83%)にサルモネラの関与が認められました。’06年春季に滝川市、富良野市、札幌市、苫小牧市において採取されたスズメ17羽についても検査を行い、サルモネラは分離されませんでしたが、全羽が遺伝子あるいは抗体の検査で陽性でした。また、大量死発生時期とは異なる時期に採取されたスズメ10羽を対照として同様の検査を行いましたが、いずれの反応も認めませんでした。検出されたサルモネラは、小鳥に強い病原性を示す特殊なタイプのネズミチフス菌(ファージタイプDT40)であることが判明しました。

以上のことから、2005年~’06の冬季みられたスズメの大量死は、この特殊なサルモネラが道央圏のスズメの間に蔓延し引き起こされた可能性が極めて高いと考えました。

今回検出されたサルモネラと同じタイプのサルモネラは、欧州において冬期間にスズメを含む小鳥を大量に殺すことで恐れられており、20世紀末からは北米やニュージーランドでもスズメなどの小鳥に猛威をふるいました。日本ではこれまで検出したことのないタイプのサルモネラであり、新たな侵入(多分北からの)が今回の北海道におけるスズメの大量死を引き起こしたと考えられます。

この菌は、哺乳類に対する病原性は低いことが知られており、当時、スズメを通じて畜舎が広く汚染されましたが、家畜での発症例は2~3にとどまりました。イヌやネコを通じて家庭内にも侵入したと推定されますが、人での集団的な被害は見られません。しかし、感染症に関連し、野生動物と家畜、人がこのような極めて近接した関係にあることをまのあたりにした事例でもあったと考えられます。

支部報「カッコウ」2013年5月号より

水草ウォッチャー、鳥と遭遇す

札幌市博物館活動センター 学芸員 山崎真実
ヒシ群落_茨戸川

ヒシ群落_茨戸川

札幌市モエレ沼公園、近代的に整備された公園を楽しむ人々の傍らに沼が広がっている。釣り人以外にそこに沼があることを省みる人は少ない。しかし、岸辺にヨシやマコモが生い茂り、水面も水草でビッシリ覆われている沼が大好きな生き物もいる。それは、水鳥、水生昆虫、藻類・・・そして、(かなり少数派だが)水草ウォッチャーである。

私の場合、水草調査では片手に高枝切りばさみを持ち、胴付き長靴をはいて徒歩で水草の生えている地点に近づくことが多い。時には立ちはだかるヨシの壁を突破していく。行く先には先客がいて、私がガサガサと大きな音を立てるのでどうしても驚かせてしまう。先客とは、一斉に飛び立つカモ類、一声鳴いて飛び去るオオヨシキリなどである。水草のフィールド調査は鳥たちの生息域に入っていくことでもあるのだ、と気付かせてくれたのは鳥類の研究者だった。

時には、鳥がいたであろう痕跡を目撃することもある。ヨシ群落と河畔林が発達した湖岸近くのコンクリート上に、猛禽類が魚を食べたのか骨が散乱していたり、ペリットが落ちていたりした。見つけたペリットは博物館活動の教材として持ちかえり、内容物の骨に関しては他の学芸員に同定してもらっている。また、ヨシやガマの間に“空き巣”となったカイツブリの巣を見つけたこともある。巧みに組まれた浮巣の構造に感心すると同時に、図鑑や話で見聞きしていた物に実際に遭遇して、水草が他の動物に利用されていることを納得できた。

鳥と水草の主な接点は、巣材やエサとして水草を直接利用することだろう。そのため、偶然に水草が鳥に運ばれるチャンスも生まれる。水草のタネが硬く小さいことや、植物体の切れ端から根を出し新たな株に成長できるという水草側の特徴もうまく働き、タネは鳥の胃腸で破壊されずに排泄され、水草の切れ端は水鳥の体にくっついて移動する。そのため、水草には世界をまたにかけて分布する種類が多い。しかし、タネや植物体が水鳥に運ばれているということを科学的に立証するのは難しい。

子供の頃、川辺の草陰から大きな灰色の鳥が飛び立ち、頭上をゆっくりと飛んで行った。ほんの一瞬、いつもの散歩道が別世界になったような不思議な感覚、あれはツルだったのだ、とずっと思っていた。大人になってからアオサギという名前を知り、なんだか自分の幻想が崩れたようでがっかりしたが、遭遇した時の緊張感にも似た感覚は今も時々よみがえる。研究者は最小限の時間と労力で野外調査の目的を済ませればよいのかもしれない。けれど、野外で自分の感覚を研ぎ澄ますことも大切ではないだろうか。博物館活動を通しても野外で本物を見て感じて観察することの醍醐味を伝えていけたら、と思っている。

支部報「カッコウ」2013年4月号より

2012春の標識調査について

日本野鳥の会 道南檜山 副代表 田中正彦

数年ぶりに、春期の小鳥の渡りに係る「鳥類標識調査」を実施した。

調査場所は、函館市の隣町、七飯町と北斗市に跨る大野平野で、調査環境は休耕田のアシ原で、原野の鳥を対象にカスミ網9枚を用い捕獲による調査を実施した。調査期間は4月10日~6月3日間で、実施日は37日となった。実施期間における新放鳥は、530羽、再放鳥〔既に足環が付されている個体〕は32羽、種類数は19種を記録した。

総放鳥に係る上位5種は、

  • 1位 オオジュリン 333羽【内、再放鳥15羽】
  • 2位 アオジ    69羽【内、再放鳥7羽】
  • 3位 ノビタキ   63羽【内、再放鳥7羽】
  • 4位 ホオアカ   40羽【内、再放鳥2羽】
  • 5位 オオヨシキリ 24羽【内、再放鳥1羽】

で、総放鳥数の94%を占めた。

特に今シーズンは、調査歴23年の私自身にとって初標識となる鳥種を下記のとおり2種3羽記録することが出来た。

鳥種:コチョウゲンボウ 性別:♂ 幼成別:1S※第1回夏羽
標識番号:06A-06936 標識月日:2012.04.24

コチョウゲンボウ

コチョウゲンボウの標識記録としては、全国で過去30年において24羽(保護放鳥5羽含む)の放鳥となっており、標識調査による捕獲としては非常に珍しいとのこと。また、1984年以前は1羽のみなので、総放鳥でいえばコチョウゲンボウの方が次に掲げる鳥種より珍しいようです。因みに、北海道ではこれまでに7羽(保護放鳥4羽含む)記録されているとのことでした。

鳥種:ウズラ 性別:♀ 幼成別:成鳥
標識番号:06A-06937 標識月日:2012.04.25

ウズラ-01

鳥種:ウズラ 性別:♂ 幼成別:成鳥
標識番号:06A-06938 標識月日:2012.04.25

ウズラ-02

ウズラは1960-1970年代には放鳥が多かったのですが、その後激減したので、近年の放鳥は相当珍しいとのこと。また、過去32年で21羽(保護放鳥1羽含む)しか放鳥されていないとのこと。なお、北海道では1982年に札幌で島田明英氏が標識して以来、30年ぶりの標識となりました。

オオジュリンに異変

数年ぶりに春の標識調査を再開したのには、あることを確認する必要が生じたためでした。それは、2011年秋に山階鳥類研究所からの事務連絡でオオジュリンの尾羽に異変が起きているとの情報からでした。

調査期間中、私が確認した症状としては、12枚の尾羽の一枚が極端に短いものや長いもの、細く貧弱なものや虫喰い状に穴の開いてボロボロになってしまった尾羽等を有している個体等々数多く確認されました。その数等については、今回公表を差し控えさせていただきますが、自然界の異変が地球規模で大変な状況になりつつある事を指し示すメッセージとして思わざるを得ません。
まさに「Today Birds, Tomorrow Man」〔今日、鳥たちに起こる不幸は、明日は人間の身に降りかかるかもしれない。〕を直視させられている気がしました。

オオジュリン-01

オオジュリンの尾羽異状個体例(1)〔中央尾羽短い。虫喰い状態。〕

オオジュリン-02

オオジュリンの尾羽異状個体例(2)〔最外側尾羽貧弱で短い。〕

支部報「カッコウ」2013年3月号より