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Sapporo Chapter Wild Bird Society of Japan

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邯鄲の夢枕

村井雅之

虫の音は季節の移ろいと共に微妙に変化し、様々な思いを喚起させる。ハネナガキリギリスの鳴き声で夏の終わりを予感し、エゾエンマコオロギの鳴き声で秋の訪れを知り、そしてカンタン鳴き声で虫たちの季節が終わりに近づいたことを感じる。9月上旬、秋風の吹くウトナイ湖へ出かけ水辺を散策していると、カンタン(邯鄲)の鳴き声が聞こえてきた。

9P鳥参写真カンタン

カンタンは体長15mmほどの淡い黄色をしたバッタの仲間で、日本全国に分布している。北方系の昆虫のため、本州以南では冷涼な高地でなければ鳴き声を聞くことはできない。しかし道内では草原があれば簡単に鳴き声を聴くことができる。ウトナイ湖でカンタンの鳴き声が聞かれ始めるのは、8月下旬頃からで、「ルルルルルルル・・・」と聞こえる鳴き声は旅愁を感じさせる。秋に鳴く虫の声の周波数は4kヘルツ以上と高いので聞き取りにくいことが多いが、カンタンの鳴き声の周波数は2kから3kヘルツと低く、聞き取りやすい。

カンタン(邯鄲)という名前は、戦国時代の中国に栄えた趙(ちょう)の都、邯鄲(かんたん)を訪れた青年の体験を元にした故事「邯鄲の夢枕」に由来しているというのが一般的だ。しかし、中国ではカンタンのことを「邯鄲」ではなく「天蛉」と呼ぶ。そのため故事の内容とカンタンの旅愁を感じる鳴き声から、日本で名付けられたという説もある。ちなみに「邯鄲の夢枕」という故事は、夢を抱いて旅に出た廬生(ろせい)という青年が邯鄲の宿に立ち寄り、飯が炊けるまでの間、同宿にした道士から借りた枕でうたた寝をしている時に見た夢にまつわる話し。廬生が見た夢とは、長い旅と苦難を経て、最後には大成功をおさめるという内容だったが、夢から覚めてみると、ご飯が炊けていないほど短い時間だったという内容で、栄華の夢の儚さを説いている。

湖岸でカンタンの鳴き声を聞いていると「邯鄲の夢枕」を思い出した。長い間ウトナイ湖を思う人々が描いてきた夢の行き着く先はどこだろうか・・・。夢枕のように終わらぬことを願う。

支部報「カッコウ」2015年10月号より